2008年01月06日
これから行く道
子供をしかるな 来た道だ
年寄りを笑うな 行く道だ
よく聞く言葉ですが、ある程度年をとってくると、この言葉が沁みてくるような気がします。 子供の成長は楽しみな事だけれど、一方で親はだんだん老いていきますからね。 父は15年前に亡くなりましたが、母は昭和3年生まれなので今年80才になります。
私たち一家は今、私の実家で暮らしています。 でも、私の実家の家族と住んでるわけではないです。 どういうことかと言うと、私には姉が1人いて、お婿さんをもらって両親と住んでたわけですが、離婚しました。
でも、数年前に縁があり再婚して嫁ぐ事になりました。 子供たちはもう独立していて、姉は母1人をおいてはいけず、一緒に相手の家に行く事になり、家が空家になってしまったので、私たち一家が住む事に。
それで、たまにですけど母が家に泊まりにくるんですね。 この家は私が5年生の時に両親が建てた家で、今は名義は姉のものになってます。
お正月休みなので、4日から家に来てるんですが、やっぱり年取ったなあって思います。 何度も同じ事を聞いたり、同じ話をしたり、かばんの中を何回も見たり…。 足が痛いせいもあって歩くのもおぼつかないかんじで。 明るくて活発な母だったので、その落差がカナシイなあって。
お舅さんとも同居してて、こちらは87歳。 同様にトシとりましたけど、そんなに感じないんです。 これって、もうすでにある程度の年齢になってから私がヨメにきてるので、「あんなに〜だったのに」って感覚があんまり無いからじゃないかなと思うんです。
ウチの近所の人に聞いた話で、この方のお舅さんは認知症だったんですが、お姑さんや旦那さんは認知症であるお舅さんに対して厳しかった…と言うか、ちょっとつらく当たったりしてしまうことがあったそうです。 でも、それは元気な頃の姿を忘れられないからじゃないかと。 自分は冷たいかもしれないけど、途中からしか知らないし、「ボケてんだからしょうがない」って一歩引いて見られたって。
なんとなーくわかるような気がしますね。 一緒にいると小さい時から見てきた元気な母が、だんだんトシを取って少しずつボケてきてるなぁ、親っていつまでも元気じゃないんだなぁってヒシヒシと感じます。
私もいつまで元気でいられるかわからないけど、かわいいおばあちゃんになるのが目標です
今日はマジメに書いてみました。(いつもマジメだけど)
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コメント一欄
今認知症の御姑さんとお世話している方のブログを読んでるのですが、
なんとも悲しい。。
でも、病気の前の御姑さんは、
お嫁さんに辛くあたってたりしたので、
全く変わってしまった御姑さんをみても、
前の感情は残ってしまいますよね・・・。
そのお舅さんのところも、
そういう歴史があってきつくあたってるのかな、とか思っちゃいました〜。
応援ぽちりんこ。
やがて、それすらも感じ取ることが
出来なくなるかもしれない。
そうですね、若い頃を知っている自分の親と
そうではない夫の親とでは、受け止め方が
違うでしょうね。
心の準備をしておかねば、と思いつつ
永遠な気がしてならないのですよねぇ、
永遠なんて、有り得ないのに、自分も含めて。
確かに元気な時の嫁姑の関係は介護に影響すると思いますね〜。 いびられてたのに手厚い介護ってなかなか出来ないと思います。
私のお姑さんは61歳の時に病気で寝たきりになってしまいました。 脳炎だったので、自分や周りの事とかわからない状態の方が多かったと思います。 亡くなるまで10年以上にわたり、お舅さんがつきっきりで介護をしていました。
お酒好きなお舅さんで、ずいぶんと苦労されたようで、それを思ってかマメに面倒を見てあげてましたよ。 もし私が寝たきりになっったら旦那はあんなにしてくれるかなあと思います。
親っていつまでも元気なような気がするんですよね。でも考えたら80才ですからね。 親ではなく、他人だったら普通に年寄りだなあと思います。
永遠はありえないけど、だからこそ大切に生きていかないといけないと思います。
今自分の周りにいる人を大切にしていくことが大事なんでしょうね。
周りの人とどうかかわっていくかも大事ですよね。1人で生きていくわけではないですからね。
ずっと笑顔を忘れずにいたいです。
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